中国サッカーの情報を集めています。吉祥虎とは大連実徳のマスコットの名前です。「きっしょうとら」と読みます。たぶん。(管理人:ぞい)


by cfbs2
カレンダー
S M T W T F S
1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31

相手はこんなにマリノスのことを知っている

5月10日のサッカー紙『足球』に載っていた記事。山瀬功治の復帰を紹介しています。

(以下、本文)
221日間、山瀬功治はボールに触れていなかった。しかし今、彼は復帰した。5月11日を前にして、岡田武史はまたひとつ重要な駒を手に入れたのだ。魯能はこの若者に気を付けなければいけない。

マリノスの球迷は彼の復帰を待ち望んでいた。まだ23歳だが、山瀬功治の人気は中田英寿や中村俊輔にも劣らない。2000年のアジアユース準決勝では山瀬が率いた日本ユースは沈祥福監督の中国ユースを破っているのである。

山瀬功治はテクニックに優れている。身長は173cmしかないが、彼は頭を使ってサッカーをするのだ。それは岡田が彼を気に入っている理由でもある。山瀬は北海道代表として高校の全国大会に出たことがある。またブラジルに留学し、将来の基礎を作った。2000年、コンサドーレ札幌に加入し、J1に昇格させた。2001年には新人王を獲得している。
岡田武史がチームを離れると共に、山瀬も移籍の考えを持ち、最終的に浦和レッズに移籍し、攻撃の中心となった。

岡田はマリノスにやってきてから、山瀬を呼び寄せようと考えた。そのとき山瀬は靭帯断裂で半年はプレーができないと確定していたが、それでも横浜は2.5億を払って移籍させたのだ。

マリノスの10番は一時は誰もつけたがらなかった。なぜならこの番号の以前の主は、中村俊輔だったからだ。しかし山瀬は10番を背負った。球迷も彼を認めた。怪我から復帰したばかりで、チームメイトとの連携は不十分だ。しかし岡田は山瀬の恩師であり、彼をよく理解している。だから魯能とのアウェーでの決戦で山瀬を必ず使うだろう。

さらに気を付けるべきことに、山瀬功治の弟・山瀬幸宏も横浜マリノスにいる。試合では、この二人が同時に出場する可能性もある。

元記事

今回のACLで足りなかったものは、いろいろあるだろうけど、相手の情報もそのひとつかと。「山瀬弟に気をつけろ」なんていう濃い報道を出す国は、アジアで(つーか、世界で)この国しかないんじゃないか。今回も入場制限がなければ5万人はいっていただろうし(これは反日うんぬん関係ないよ。サーサナ相手に3万人はいるんだから)。サッカーへの濃さ(熱さというよりも、濃さ)はとんでもない国だと思います。相手がこれだけ自分たちのことを知っているということを、まず知っておくべきだと思う。
[PR]
by cfbs2 | 2005-05-14 02:33 | ACL・A3